推してる側が主体になっていいんだろうか
GW中は麺類を作り続けておりました。
豚バラ野菜こんもり太麺ソース焼きそば、野菜どか盛り味噌ラーメン、トマトソースパスタ(フェットチーネ)&ミネストローネ、日本酒ダシの醤油ラーメン(昔ながらの化調系)、十割そば等々。
乾麺のフェットチーネは茹でる時にひっつきやすいのが難点。
十割そばは楽天で売ってた信州そばの乾麺のやつなんですが、これが重いの外美味しかった。
最近スーパーで買ってた十割や二八は時間通り茹でても、なんだかボソボソしていて「なんでこんなに美味しくないんだろう」と思っていたんですが、今回買ったやつは4分茹でた後に2分蒸らしてね・・・的なことが書いてあってその通りに試してみたら、まあ美味しい。
十割そばでも麺がボロボロにならないような新技術が使われているとかなんとか。
素麺だと、麺がひっつかないようにするために短時間茹でて、火を消して数分放置するやり方がありますが、乾麺の蕎麦の場合は水をしっかり吸わせる時間が必要なのかもしれない。
茹でる前に水につけるやり方はあまり上手くいかないらしいので、今後は他の乾麺そばでもこのやり方を試してみよう。
お外に出てたまるか
GWに入っても基本的にカレンダー通りなので車で通勤していたんですが、レジャーに繰り出してきた他県の高齢者サンデードライバーの運転が本当に酷くて連休中もガソリン入れる時以外外出せずひきこもってました。
カーブ曲がる度におもいっきり反対車線側を走り出す、パカパカいらんとこでブレーキランプ踏んでくる、直線になるとノロノロ走りが急に100キロぐらい出してくるとかもうそういう車が行き来しているGW中は安全のためにもひきこもるのが正解です。
庭いじりして、後はマンガ描いてました。
ただあまり技術的な向上が思ったほどできなくて、そこが反省点。
最初からモノクロレイヤーじゃなくて、グレースケールからモノクロに変換してアナログ線っぽいカスレを再現できないかとか試しておりました。
その間、もやしもんとかマリア様がみてるとかの古いアニメを見てたわけですが、やっぱり今見返してみても「もやしもん」の初期はこれを超える大学生モノのコメディはないだろうってくらい面白い。
中終盤からは女性キャラが全て同じ性格になって描き分けができなくなったり、変な方向に説教臭くなって読者離れを起こしたりしてましたが、やっぱり序盤のこのワクワク感はずば抜けている。
「推し」がテーマであることが増えたけど
アイマスのアニメ化成功後にアイドルアニメが一気に増えたけど、正直アニマス、ラブライブ(無印)でもうお腹いっぱいで、それ以降はほとんど見てませんでしたが、アイドルを推している消費者側をクローズアップする傾向の作品が増えてきて、それでいいのかなぁ、となんとなく思う今日この頃。
中年以降のある種世捨て人的な数寄者の娯楽として大枚はたく楽しみ方を否定する気はないし、それが生き甲斐の人もいるんだろうけれど、未成年の女の子が「推し活」でパパ活やら非合法な風俗店勤務になるなんてのが社会ニュースにポンポン出てくるのは普通にダメだろう、と。
昔からあったことではあるけれど、「推し活」なんて言葉にして境界線を曖昧にして肯定的に描いちゃ駄目な気がする。
ファンを簡単にポジティブな描写で肯定する前に、ただの消費者の一形態でしかないんだよ、という戒め、自戒は必要だと思う雨がやまないGW最終日。
段階的に緩和してきたものの
GW以降の増え方を医療クラスタが警戒しているのを注視しながら生活を送るしかないのだろうなぁ、と。
「世界の半分を怒らせる」って台詞を昔の押井守がよく使っていました。
統計学とか公衆衛生を理解する気は全くなく延々と自分の主張を声高に叫ぶためにデマを蒔き散らかす層っていうのがけっこうバカにならないボリュームでいるのだ、というのが参政党とか旧N国党の盛り上がりを見て理解するわけです。
昔の勤務先であるブラックな職場にN国党を本気で「いいぞ、もっとやれ」的な盛り上がり方をしていた同僚がいて「ああ、こういうトンデモを支持しているのはこういう層なのか」と眩暈がした記憶が蘇る。
何度でも騙されて、騙されていることすらわからなくなって陰謀論に行きつくまでの最短コースが現代にはあるのです。インターネットって言うんですけどね。
服のなびきが好きでした
一時期ディーン版をコケにする態度が散見されましたが、このEDは好きです。
Fateシリーズが好きなのかと言われると、そういうわけではないのだけれど。
おしんだとか小公女セーラだとか
悪役令嬢転生とか聖女婚約破棄系とかジャンルが分派しすぎてよくわからなくなってきている異世界系ですが、異世界転生オレツエー無双系よりは、個人的に割と苦手意識なく大量に読めるんですよね。
それはなんでだろう・・・と思ったら結局のところシンデレラストーリーという構造が大衆受けする強固なものなんだろう、と。
不幸な少女が幸せになりました、めでたしめでたしってシンプルだけども数百年支持されてきた構造だから、女性読者に実はある種ポルノ的な色合いを含みながら支持されていたとしても、「そもそも少女マンガってそういうもんだろう」という大昔に橋本治が喝破した事実をなぞるだけなので、それを批判するのは野暮だよね、と。
テレビの鎮魂歌
GWの夕食時にリビングからゴールデンタイムにもかかわらず、昔のヒットソングをタレントが素人レベルのカラオケで歌うだけの特番らしき番組が放送されているのが聞こえてきて「マジか・・・」と衝撃でした。
誤解のないように言うと、元々私はすごいテレビっ子です。
大学生の時なんかテレビ雑誌を買って、番組欄細かくチェックしてたクチなんですが、もう何年もまともにテレビを見てない。
タモリ倶楽部が最終回になるというので久々に見たら、びっくりするくらいタモリが老けていて「ああ、この媒体も終わりが近いんだな」となんだか寂しくなってしまった。
老いと自己制御
「らーめん再遊記」が明確に「老い」とか「終活」的な意味合いにアプローチしながらストーリーを展開しているのを読んでいて、同時進行形で過去の名クリエイターが微妙になっていく様が散見されたりして、なんとも物悲しい気持ちになることが増えているけれど、これってどうにもならないことなのかなぁと思ったり思わなかったり。
