オープンワールドと没入感
最初の頃は「これ面白いのだろうか」と思っていたゼルダのブレスオブザワイルドが結局switchで買ったソフトの中で一番長時間やりこんでいるので私はオープンワールドという枠組みが好きなのだろうか・・・と思って色々同ジャンルのソフトを調べていたらwitcher3ってのがよく比較対象になっていたので買ってみました。
洋ゲーをほとんどやらない人間に大丈夫だろうか・・・と思っていたもののドハマりして熱中してやっております。
ドラクエをリアル寄りのダークファンタジーにした感じで、JRPG的なある種のぬるさが全くない上に救いもないえげつないシナリオに感心してしまった。
やはり洋ゲーらしくノーマルモードでも結構シビアでちょっと気を抜いたら即ゲームオーバーします。全滅する度に毎回ロード時間が長いのに懲りてイージーモードに変更してプレイしていますが、正直戦闘シーンはゼルダとかに比しても特に楽しくもないので世界観とシナリオと映像を楽しむゲームと化している。
・・・のだけどそもそもRPG的な世界観を楽しみたくてゲームをしているところがあるので戦闘はそもそもたいして必要ない要素なのかもしれない。
ゲームシーン、ムービー、ゲームシーン、ムービーの繰り返しで「ああ、洋ゲーもFFみたいなことやってんだな」と洋ゲーに疎い身としては妙なところで新鮮な驚きが・・・。
シナリオが膨大で作りこみがスゴイので中世ヨーロッパの世界観への没入感がとても楽しい。
リドリー・スコットのキングダムオブヘブンとか大好きな身としてはやっぱ洋ゲーのこのビジュアルへのこだわりはとてもシンパシーを感じる。
ただ、ゼルダの世界の中を自由自在に動き回れる、山を登れる、木を切り倒せる、空を滑空できるみたいな疑似体験としての爽快感はやっぱ任天堂のゲーム設計の凄さが良く出ていて、あの独自の設計思想は唯一無二なんだなぁとも思う。
witcher3は吹き替え声優で楽しめるところもあって、主人公がラッセル・クロウやジェイソンステイサムの中の人なので、これラッセル・クロウのイメージで脳内補完しながらプレイしている。あと沢城みゆきがもう大御所感出まくっててデジキャラットの面影がもはや微塵もない。
マンガの基礎
オリジナルの短編を合間合間に作画作業進めているわけですが、描けば描くほど基礎に戻るというか小学生くらいの頃に習った基本的な鉄則に立ち返るような感じになっていて本当に基礎を蔑ろに感覚的に描いていたんだなぁ、と今頃になって反省すること多い今日この頃。
理解を進めるための地味な反復作業が一番の近道なのだということがこの年になってやっとわかってきた。
情けない。
世界の秘密や裏を知りえているという勘違い
コロナ関連の地元のニュースを調べていたら反ワクチン派というか陰謀論的なアカウントが「兄弟の子供にワクチンを接種しないように説得しているが、聞く耳を持たない。仕方ないがもう縁を切るしかないかもれしない」とツイートしているのを見つけて頭痛が痛い。
中央が発している情報は嘘や欺瞞に満ちていて、別の視点を自分は知りえている的な構図は昔なら落合信彦あたりを読んで図書館でブツブツ言っているメンドクサイ人以上のものではなかったのだけれどネットがそれを繋ぐ仕組みを作ってしまい20年は経ちました。
確かに中央や東京の発信におかしなことがあることは当然ある。
けれどその代替やカウンターである情報発信が、それを駆逐するような質ではなくさらに酷いものになるケースの方が圧倒的に多いのが現実です。
大阪の政治選択の決定的迷走を何十年も続けて、とことん悪化し続けていく根本原因って大阪に中途半端に大きなメディア空間が存在することが助長してるんじゃないの・・・と関西芸人が雑な愛国ビジネス思想にかぶれていっている様子を見ながら思ったりするわけです。
結局のところ世の中を良くしたいために真実を知りたい、ではなく自分の置かれている環境への不満からスタートして自分に都合の良い情報ばかり集めて天下国家を放言して気持ちよくなりたいだけでしかないから状況はより悪化するだけなんじゃないの、と。右であれ左であれ。
愚といふ尊い徳(©谷崎潤一郎)の在り方もあるわけで、意識高くなる必要も無理して天下国家語る必要もありはしない。絶妙な教養とうさん臭さをを交えた語り口で楽しませる上岡龍太郎のようなラインが関西の洗練された知性だと思うのだけれどもその系譜が絶えてしまったのが実に残念。
